良田 奈々

良田 奈々
プロフェッショナルパーソナルスタイリスト
ファッションレスキューパーソナルスタイリスト
パーソナルスタイリストジャパン卒業

資格 ベーッシックパーソナルスタイリスト
   アドバンスドパーソナルスタイリスト

1985年 福島県に生まれる。

数え切れない小さなブラウス、スカート、パンツ、ワンピース、コート、ジャケット、ド
レス、帽子、リボン、靴、バッグ・・・・・・・・・・
そんな洋服であふれそうな小さな部屋で、私は生まれ育ちました。

私がファッションの世界へ進んだのは、こんな環境を作った母の影響以外に他ならないと思います。

服飾出身の母は結婚と同時に専業主婦へ、服飾の道から遠ざかってしまいました。
そこに私が生まれ、抑えていた服への欲求は自分から私へと移り、私の着せ替え人形(笑)生活が始まりました。
母の好きなトラッドから、女の子らしいフリフリまで、毎日違う服を纏う日々。
(子供服にないデザインのものは夜遅くまでミシンを踏んで作ってくれていた。)
今振り返っても、頭の先からつま先まで完璧にコーディネートされていたように思います。

最初は意識もせず着ていた服たち。
しかし外へ出ると、行く先々でみんなが褒めてくれました。
子供ながらにとても嬉しく、もっともっとと、そのうちに自分で服を選ぶようになり、小学校高学年からは、服を作るようになっていきました。
高校はもちろん制服のデザインが好きな高校を選び、制服を自分でリメイクしては怒られ、日々校則との戦いの中(オシャレのために白ソックスから黒ソックスに生徒会総会で提案し、何ヶ月もかけ校則を変えたこともあった)授業中はこっそり絵を描き、学校が終われば服を買うためにバイトをし、ファッション雑誌を読み、服を作ったりと、毎日がファッションでいっぱいでした。

その後当たり前のように上京。母の母校でもある文化服装学院に入学。
福島にいた頃よりも更に服、服、服の毎日。
周りの友達も同じような子達が多く、共に服作りを学び、本当に内容の濃い二年間を過ごしました。
しかし、なぜか卒業を間近に自分がファッションの世界で何がしたいのかが分からなくなりました。

卒業後はバイトをしながら、休みの日は表参道や渋谷などに行って人々を観察する日々。
自分は今まで何をしてきたのだろうと思い悩みました。
ただ、自分の好きな服を素敵に着ている人、雑誌の真似をする人、流行に流されて自分のスタイルがない人、サイズのまるで合っていない人、全体的にちぐはぐな人・・・いろいろな人を見て、素敵に服を着ている人の少なさに驚き、ひたすら服って何だろう?オシャレって何だろう?と考えました。

そんなある日テレビを通してファッションレスキューを知り、私のしたいことはこれだ!!と決心。インターネットで調べ、代表に直接会い、更に強くこの職業に惹かれ、『やはり私は服で生きていくんだ』と再確認しました。
そしてパーソナルスタイリストジャパンに入学し、服やスタイリングに関することはもちろん、人として大切なことも学び、服飾にいて狭まってしまっていた視野を広げることが出来ました。

今の私が以前の私と大きく違うこと。
それは服に関する知識や感性を自分のためではなく、誰かのために役立てたいと思っていることです。

私のこの洋服好きが誰かの役に立つことが出来る。
笑顔を生み出すお手伝いが出来る。
本当に素敵なことだと実感し、日々自分に出来ることを考えながら、もっともっとと頑張っています。

オシャレになるためには挑戦が不可欠です。
TPOやバランス感を大切にするのはもちろんのこと、いかに体を美しく見せるかを追求した、枠に囚われない新鮮なスタイリングを提案します。
また、トータルでバランスのとれたコーディネートを提案するため、ヘアメイクなどを取り入れたスタイリングを得意としています。

あなたの挑戦の手助けを、私たちにさせて下さい!

自分の心を、服やヘアメイクなど、あらゆるもので自由に表現し、楽しむことは誰にでも価値があるはずです。

 

 

 

 

 

 


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